かなりの見物客が集まった頃、両脇を屈強な武士に警護された麟が舞殿にやってきた。人々が見守る花道を顔を真っ直ぐ上げたまま歩く麟は、捕虜とは思えぬほど凛々しく人々の目に映る。
そして舞殿に辿り着くと、麟は一礼をすることもなく舞殿に上がり、正面にいる頼朝を睨みつけた。
(蓮を謀反人に仕立てあげた張本人・・・・・・蓮は、あんなに『兄上』って慕っていたのに!)
本当ならば殴りかかりたいところだ。だが、それをじっと堪え、麟は大きく深呼吸をする。
(あたしの本気、見せてやる!)
麟は桧扇を手にするとばっ、と開く。そしてそれを天に向かって高々と上げつつ、奉納の謡を歌い始めた。
よく通る、甲高い声が鶴ヶ岡八幡宮に響き渡る。
「しづのをだまきくり返し、昔を今になすよしもがな」
倭文(しず)の布を織る麻糸を、まるく巻いた苧(お)だまきから糸が繰り出されるように、たえず繰り返しつつ、どうか昔を今にする方法があったならそのような意味の歌を堂々と歌い上げる麟に、頼朝を始め数人の御家人が眉を顰める。だが、麟の謡はそれで終わりではなかった。
その一言が麟の唇からこぼれた瞬間、春の気配を漂わせていた鶴ヶ岡八幡宮の空気は一瞬にして凍りつく。だがそれを気にせず、否、むしろそれを楽しむように麟はさらに朗々と歌い上げた。
「吉野山、峰の白雪ふみわけて、入りにし人の跡ぞ恋しき」
吉野山の峰の白雪を踏み分けて、姿を隠していった蓮の跡が恋しいその瞬間、麟の目から涙が零れ落ちる。
(ただ蓮と一緒に居たかっただけなのに・・・・・・!)
そう思えば思うほど、目の前にいる頼朝への恨みは募ってゆく。
(あの人、大嫌い!いなくなっちゃえばいいのに!大嫌い、だいきらい、ダイキライ)
大嫌い、と心のなかでその瞬間、麟は自分の意識に何かが入り込んできたことに気がついた。だが、その『存在』に抵抗する間もなく、麟の意識はその『存在』に呑み込まれていった。